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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)57号 判決 1999年4月13日

アメリカ合衆国

デラウエア州、ウイルミントン、マーケットストリート 1007

原告

イー.アイ.デュ ポン デ ニモアス アンド カンパニー

代表者

ミリアム デイ.メコンナヘイ

訴訟代理人弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

江角洋治

小田嶋平吾

東京都千代田区神田錦町三丁目7番地1

被告

日産化学工業株式会社

代表者代表取締役

柏木史朗

訴訟代理人弁理士

中村至

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が昭和63年審判第1758号事件にっいて平成6年9月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「ピラゾールスルホニルウレア誘導体およびその製法」とする特許第1421539号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明の特許は、昭和57年12月28日に出願された昭和57年特許願第228261号の一部を、昭和61年2月24日に新たな特許出願とした昭和61年特許願第38898号に係るものであって、昭和62年6月25日の出願公告(昭和62年特許出願公告第29433号)を経て、昭和63年1月29日に特許権設定の登録がされたものである。

原告は、昭和63年2月9日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを昭和63年審判第1758号事件として審理した結果、平成6年9月29日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年11月9日にその謄本を原告に送達した。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。

2  本件発明の特許請求の範囲

別紙審決書の理由写しの第一記載のとおり

3  審決の理由

別紙審決書の理由写しの第二以下記載のとおり

4  審決の取消事由

審決は、先願明細書記載の技術内容を誤認した結果、本件発明の特許は特許法29条の2の規定に違反してされたものではないと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)本件物質発明について

a 審決は、先願明細書には本件物質発明の化合物の名称及び同定資料は記載されていないが、本件物質発明の化合物は先願明細書記載の式(Ⅰ)に該当する化合物であること、先願明細書に先願化合物P、先願化合物Mの構造式が具体的に示されていること、本件物質発明の化合物と先願化合物P、先願化合物Mとは「ピラゾール環上の4位の置換基」であるアルコキシカルボニル基のアルキル基の炭素数が1だけ大きいか小さいかの相違があるにすぎないことを認めている。

その一方で、審決は、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mを実際に合成しその除草活性を確認したと認めるに足りる記載がないことを前提として、先願明細書において、本件物質発明の化合物は単に化学構造上想定できるものとして記載されているにすぎず、特に具体的な技術的根拠をもっているものと認めることはできない旨判断している。

しかしながら、化学物質に関する発明は、化学物質名(又は、化学構造式)とその製造方法が明らかにされておれば特定される。そして、先願明細書には「実施例1~26に記されている方法またはそれらの変法により、表Ⅰ~Ⅹの化合物類が製造できた。」(36頁左上欄4行ないし6行)と記載され、その表Ⅳaに先願化合物P、先願化合物Mが含まれているのであるから、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mを実際に合成したと認めるに足りる記載はないとする審決の上記判断は明らかに失当である。

b また、審決は、多数のスルホニルウレアが除草活性を有することは従来よく知られているから、先願明細書に先願発明に係る化合物の除草活性が記載されているとしても、本件物質発明の化合物の除草効果は具体的な根拠を欠く旨判断している。

しかしながら、先願明細書に「本発明の化合物は強力な除草剤である。」(58頁右下欄2行)と記載され、表A(64頁ないし76頁)には、先願明細書記載の発明に包含される多数の化合物の除草活性のデータが具体的に示されている。したがって、審決の上記判断は、化学物質の有用性(産業上の利用性)は一般的用途の記載で足り、具体的な試験データの記載は要しないとする特許庁の従来の運用基準に反し、不当である。

c 以上のとおりであるから、本件物質発明に関する先願明細書の文言は当業者ならば誰もがする推測を記載したにすぎず、先願明細書に本件物質発明が完成された発明として記載されているとはとうてい認められないとした審決の判断は、誤りである。

この点について、被告は、原、被告間における別件訴訟の判決を援用して、先願化合物P、先願化合物Mと本件物質発明の化合物とが実質的に同一であるということ自体が誤りである旨主張する。

しかしながら、特定の化合物(及びその製造方法)を先願発明の実施例として追加する補正が許されるか否かと、先願化合物P、先願化合物Mと本件物質発明の化合物とが実質的に同一であるか否かとは、次元が異なる問題であるから、被告の上記主張は失当である。

(2)  本件方法発明について

審決は、本件物質発明自体が先願明細書に記載されていると認められない以上、先願明細書には本件方法発明が記載されていることにはならない旨判断している。

しかしながら、本件物質発明が先願明細書に記載されていると解すべきことは前記のとおりであるから、審決の上記判断が失当であることは明らかである。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  本件物質発明について

(1)  原告は、本件物質発明の化合物と先願化合物P、先願化合物Mとはアルキル基の炭素数が1だけ大きいか小さいかの相違があるにすぎないところ、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mが製造できた旨記載されているから、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mを実際に合成したと認めるに足りる記載はないとする審決の判断は失当である旨主張する。

しかしながら、特許法29条の2の規定にいう先願明細書記載の「発明」は、当業者が「容易にその実施をすることができる程度に」(昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項)、発明の構成及び効果が記載されていなければならない。しかるに、先願明細書における先願化合物P、先願化合物Mの記載は、審決が説示するとおり、「当業者であれば誰もがする単なる推測の内容」であって、いわば今後の実験が予定されている化学構造にすぎないのである。現に、先願発明の優先権主張の最先の基礎とされている1982年6月1日に米国においてした特許出願(384043)に係る発明の発明者の証言(乙第1号証参照)によれば、先願化合物P、先願化合物Mが属するピラゾール系化合物に関しては、同特許出願前に具体的な実験が全く行われていないのである。

したがって、先願化合物P、先願化合物Mは、先願明細書において完成された発明として記載されているということはできない。

(2)  原告は、先願明細書に先願発明に係る化合物の除草活性が記載されているとしても、本件物質発明の化合物の除草効果は具体的な根拠を欠くとした審決の判断は、化学物質の有用性の記載に関する特許庁の従来の運用基準に反する旨主張する。

しかしながら、先願明細書は、前記のようにピラゾール系化合物に関する具体的な実験を全く行っていない段階で記載されたものであるから、原告主張の先願明細書の記載をもって、本件物質発明の化合物の除草剤としての有用性が記載されているということはできない。

(3)  更にいえば、原、被告間における別件訴訟(当庁平成2年(行ケ)第243号)の判決が最高裁(平成6年(行ツ)第194号)において維持された結果、先願発明について、N-[(4、6-ジメトキシピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]-1-低級アルキル(メチル又はエチル)-1H-ピラゾール-5-スルホンアミド(以下「基本構造」という。)である点においては先願化合物P、先願化合物Mと共通するものの、「ピラゾール環上の4位の置換基」がメチル基、クロロ基である化合物(及びその製造方法)を実施例として追加する補正は、明細書の要旨を変更するものであって許されない旨の判断が確定している(ちなみに、先願化合物P、先願化合物Mの「ピラゾール環上の4位の置換基」は、オルボン酸プロピル基、カルボン酸メチル基である。)。

そして、本件物質発明の化合物も、基本構造は先願化合物P、先願化合物Mと共通するが、「ピラゾール環上の4位の置換基」が異なるのであるから(本件物質発明の化合物の「ピラゾール環上の4位の置換基」は、カルボン酸エチル基である。)、本件物質発明の化合物と先願化合物P、先願化合物Mとが実質的に同一であるということ自体が、そもそも誤りというべきである。

2  本件方法発明について

原告は、先願明細書には本件物質発明が記載されているから、本件物質発明自体が先願明細書に記載されていないことを理由として、先願明細書には本件方法発明が記載されていないとした審決の判断は失当である旨主張する。

しかしながら、先願化合物P、先願化合物Mは、前記のとおり、先願明細書において完成された発明として記載されているとはいえないから、原告の上記主張が失当であることは明らかである。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

ピリジンスルホニルウレア誘導体あるいはピロールスルホニルウレア誘導体が除草剤として有用であることは公知であり(3欄11行ないし16行)、ピラゾール誘導体として多くの化合物が知られている(3欄22行ないし26行)。

本件発明の目的は、公知の化合物よりも少量で高い除草効果を示す化合物を創案することである(3欄20行、21行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本件発明はその特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし2欄下から4行)。

3  作用効果

本件発明によれば、除草剤の使用量を従来よりも著しく低減し、環境汚染の危険を避けることが可能である(4欄1行ないし6行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

原告は、本件物質発明の化合物と先願化合物P、先願化合物Mとは「ピラゾール環上の4位の置換基」であるアルコキシカルボニル基のアルキル基の炭素数が1だけ大きいか小さいかの相違があるにすぎないこと(すなわち、本件物質発明の化合物と先願化合物P、先願化合物Mとは実質的に同一であること)を前提として、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mが製造できた旨記載されているかち、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mを実際に合成したと認めるに足りる記載はないとする審決の判断は失当である旨主張する。

1  検討すると、甲第4号証によれば、先願明細書には次のような記載があることが認められる。

a  「本発明のスルホニル尿素類は多数の方法により製造できる。(中略)反応式1に示されているの如く、適当に置換されたスルホニルイソシアネート(a)を適当なアミノ複素環(b)と反応させる。該反応は不活性溶媒(中略)中で約-20~50℃の範囲内の温度において最良に実施される。ある場合には、希望する生成物類を反応媒体から結晶化させることもでき、そして瀘過できる。反応媒体中に可溶性である反応生成物類は、溶媒を蒸発させ、残渣を(中略)溶媒と共に研和することにより単離できる。精製用にはクロマトグラフィ(中略)も必要である。」(10頁右上欄8行ないし左下欄10行)

b  「Qが(中略)Q-4(中略)で定義されているような式Ⅰの化合物類が、反応式2、5または6の方法により最良に製造できる。これらの化合物類の多くは反応式1の工程によっても製造できる。」(11頁右下欄18行ないし12頁左上欄4行)

c  「スルホニルイソシアネート類は米国特許4,127,405(中略)に教示されている工程によって製造される。」(13頁右上欄3行ないし6行)

d  「QがQ-4(中略)である式(C)の中間生成物類は、イミダゾール中間生成物類用の上記の工程と同様な工程により製造できる。」(21頁左上欄12行ないし15行)

e  「QがQ-4(中略)である式(C)の多数の化合物類、例えば51、は反応式13および工程式5に記されている工程により製造できる。」(21頁右上欄7行ないし9行)

なお、同号証によれば、先願明細書には、ピラゾール環を有する原料化学物質として、

α 1-メチルピラゾール-3-スルホニルクロライド(実施例4。27頁右上欄15行以下)

β 1-メチルピラゾール-3-スルホンアミド(実施例5。27頁左下欄18行以下)

γ 1、3-ジメチルピラゾール-4-スルホンァミド(実施例7。28頁左上欄12行以下)

が記載されていることも認められる。

しかしながら、甲第4号証によれば、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mの原料化学物質に関する記載は存在せず、また、表Ⅳ(45頁ないし47頁)には「m.p.(℃)」すなわち融点の欄が設けられているが、その数値は全く記載されていないことが認められる。

そうすると、先願明細書には、先願化合物P、先願化合物Mの製造方法が具体的に記載されているということはできないし、その製造方法が先願発明の特許出願当時に周知の事項であったと認めるに足りる証拠もないから、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mが製造できたことが記載されている旨の原告の主張は、失当といわざるをえないのである。

2  念のため、甲第4号証によって、先願化合物P、先願化合物M以外のピラゾール系化合物(審決のいう「ピラゾール系先願化合物」)の製造方法が先願明細書に記載されているか否かについて検討する。

(1)実施例8(28頁右上欄11行以下)には、N-[(4-メトキシ-6-メチルピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]-1、3-ジメチルピラゾール-4-スルホンミド(判決注・これは化合物67(63頁右上欄)と同一物質である。)について、これが、1、3-ジメチルピラゾール-4-スルホンミドと、4-メトキシ-6-メチル-2-アミノピリミジンカルバミン酸メチルとを反応(判決注・反応式2。10頁左下欄14行以下)させて得た化合物であって、融点が207~210℃であると記載されていることが認められる。しかしながら、この化合物は、「ピラゾール環上の4位の置換基」がスルホニルウレア基である点等において、本件物質発明の化合物とは化学構造を異にするものである。

(2)表Ⅳa~c(45頁ないし47頁)記載の化合物群、表Ⅴa~c(47頁ないし49頁)記載の化合物群及び表Ⅵa~c(49頁ないし51頁)記載の化合物群は、いずれも、選択肢を有する可変置換基を多数含むものであることが認められる。しかしながら、これらの化合物群については、原料化学物質についての記載が全く存在しない。

(3)化合物16(60頁)及び化合物67~71(63頁)については、除草活性が具体的データをもって確認されていることが認められる(66頁、74頁、75頁)。しかしながら、これらの化合物は、本件物質発明の化合物とは化学構造を大きく異にするものである。

このように、先願化合物P、先願化合物M以外のピラゾール系化合物に関する先願明細書の記載を考慮しても、先願明細書には先願化合物P、先願化合物Mが製造できたことが記載されている旨の原告の主張は、採用することができないといわざるをえない。

3  以上のとおりであるから、本件物質発明の化合物と先願化合物P、先願化合物Mとは実質的に同一といえるか否か、更に、先願明細書には本件方法発明が記載されているか否かを論ずるまでもなく、本件発明の特許は特許法29条の2の規定に違反してされたものとは認められないとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張のような違法は存在しない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間付加について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年3月30日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

本件第1421539号特許(以下本件特許という。)は、昭和57年12月28日に出願された特願昭57-228261号出願(以下原出願という。)の一部を新たな出願として出願した、昭和62年6月25日に出願公告(特公昭62-29433号公報)された特願昭61-38898号出願(以下本願という。)についてされたものであり、昭和63年1月29日に特許権の設定の登録があったものである。

これに対して、本件特許の存在につき利害関係を有することが認められる本件特許無効の審判請求人であるイー・アイ・デュボン・デ・ニモアス・アソド・カソバニー(以下単に請求人という。)は、本件特許発明は同人が1982年(昭和57年)6月1日に米国でした384043号出願(以下、単に本件米国基礎出願という。)ほか3件の米国出願に基づいて優先権を主張して昭和58年5月31日に出願した特願昭58-95137号出願の明細書(以下先願明細書という。)に記載されている発明であり、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきものであると主張して、本件特許の無効の審判を請求した。

〔第一 本件特許発明の要旨〕

本件特許発明の要旨は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載されているとおりであって、

「1 次式(Ⅰ):

<省略>

で表されるピラゾールスルホニルウレア誘導体。

2 次式(Ⅱ):

<省略>

で表されるピラゾールスルホニルイソシアナート誘導体と、

次式(Ⅲ):

<省略>

で表されるアミノピリジソ誘導体とを不活性溶媒中で反応させることを特徴とする

次式(Ⅰ):

<省略>

で表されるピラゾールスルホニルウレア誘導体の製法。」

にあるものと認める。

なお、以下では、上記特許請求の記載の第1項の発明を本件物質発明といい、同第2項の発明を本件方法発明という。

〔第二 本件特許発明〕

A) 本件特許明細書の詳細な説明の記載

なお、本件特許明細書の記載は、特公昭62-29433号公報(甲第2号証)による。

イ) 実施例1には、N-〔(4、6ージメトキシピリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-4-エトキシカルボニル-1-メチル-5-ピラゾールスルホソアミドの合成(本発明化合物)と題して、4-エトキシカルボニル-1-メチル-5-ピラゾールスルホンアミドとn、-ブチルイソシアネートとを反応させてN-(n-ブチルカルバモイル)-4-エトキシカルボニル-1-メチル-5-ピラゾールスルホンアミドを合成し、次いで、このスルホンアミドとホスゲンとを反応させて対応するスルホニルイソシアネートを合成し、次いで、このスルホニルイソシアネートと2-アミノ-4、6-ジメトキシピリミジンとを反応させて、融点が170-172℃の本発明化合物を得た旨が記載されている。

ロ) 第1表及び第2表には、上記実施例1の「本発明化合物」がイネ、ノビエなどの各種の雑草に対する殺草率を示す試験例が、また、第3表には同「本発明の化合物」が0.04、0.02、及び0.01Kg/haの濃度では、イネに殺草性を示さず、タイヌビエなどの各種雑草に対してはほとんど完全に殺草効果をあらわすことが示されている。

B) 原出願明細書の記載

以下に示す原出願の記載内容は、原出願の公開公報である特開昭59-122488号公報(甲第4号証)による。

イ) 実施例1として、上記、A)、イ)に示した内容と同じ内容の合成方法が示されている。この実施例では、上記、A)、イ)の「本発明化合物」は、化合物No.8と呼ばれている。

ロ) 第2表には化合物No.8の殺草率として、上記、A)、ロ)の第1表と同じ内容が示され、第3表には化合物No.8の殺草率として、上記、A)、ロ)の第2表(各種雑草の一としてノビエを用いている。)の内容とほぼ同じ内容のが記載されている(前記ノビエのかわりにヒメシバを用いている点でだけ相違している。)

ハ) また、昭和58年4月8日付けの手続補正書には、「試験例3 湛水条件における除草効果試験」として、上記、A)、ロ)の第3表と同じ内容の試験結果が示されている。

ニ) 第1表には上記、イ)の化合物No.8とピラゾール環上の4位のアルコキシカルボニル基がメトキシカルボニル基である点でだけ相違している化合物が化合物3としてその融点とともに示されている。

ホ) 第2表から第4表までには、上記、ニ)の化合物3について、上記、イ)の化合物No.8と同様な試験結果が示されている。

C) 以上A)及びB)によれば、本願の出願日は原出願の出願日であり、かつ、本件特許明細書には本件物質発明及び本件方法発明が当業者が容易に実施できるように説明されていることが認められる。

〔第三 先願明細書の記載〕

A) 先願明細書の記載

なお、先願明細書の記載は、先願の公開公報である特開昭59-1480号公報(甲第2号証)の記載による。

イ) 6頁(左上欄)から8頁(右上欄)まで「式(Ⅰ)の化合物類が植物成長抑制剤および/または除草剤として有用性を有することを今見出した。

<省略>

〔式中、

RはHまたはCH3であり、

Qは

<省略>

であり、

R10はH、C1-C4アルキル、C2-C4アルケニル、C2-C4アルキニル、CO2R24、SO2NR20R21またはSO2R22であり、

R11はH、C1-C3アルキル、F、C1、Br、NO2、-OR16、CO2R24、S(O)mR26またはSO2NR20R21であり、

R12はHまたはCH3であり、

R24はC1-C3アルキルまたはアリルであり、

Aは

<省略>

であり、

XはCH3、OCH3、C1、F、OCF2H、またはSCF2Hであり、YはCH3、C2H5、OCH3、OC2H5、CH2OCH3、CH(OCH3)2、OCH2CF3、OCF3、NH2、NHCH3、N(CH3)2またはGCF2Tであり、ここでGはOまたはSであり、そしてTはH、CHC1F、CHBrF、CF2HまたはCHFCF3であり、

ZはCHまたはNであり、〕

およびそれの農業的に適している塩類」と記載されている。

なお、先願明細書のこの部分には、上記(Ⅰ)式中のQ、A及びRについてきわめて広い範囲の定義が記載されているが、一部省略した。

ロ) 8頁(右上欄から左下欄)

「 ある群の化合物類が、それらの高い除草活性および/または植物成長調節剤活性のためおよび/またはそれらの製造の容易さのために好適である。これらの好適な群を以下に示す:」と記載されている。

ハ) 9頁(左上欄)〔上記、ロ〕に引き続いて1から7まで項分けして記載されている部分のうちの第4項である。〕

「4. QがQ-4であり、そしてRがHである式(Ⅰ)の化合物類。

4a.AがA-1であり、そしてZがCHである好適な4の化合物。

4b.XがCH3、C1、OCH3またはOCF8Hであり、そしてYがCH8、OCH3またはOCF2Hである好適な4aの化合物類。

4c.R10がH、C1-C3アルキル、CO2CH3、SO2CH3またはSON(CH3)2であり、そしてR11がH、CH3、OCH3、C1、Br、NO2、CO2CH3、SO2CH3またはSO2N(CH3)2である、好適な4bの化合物。」と記載されている。

ニ) 実施例

1-エチル-N-〔(4-メトキシ-6-メチルピリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-1H-イミダゾール-2-スルホンアミド(実施例3)、N-〔(4-メトキシ-6-メチルピリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-1、3-ジメチルピラゾール-4-スルホンアミド(実施例8)、N-〔(4、6-ジメトキシピリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-4-クロロ-2-チアゾールスルホンアミド(実施例10)、N-〔(4-メトキシ-6-メチルビリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-4-チアゾールスルホンアミド(実施例12)、5-エトキシ-N-〔(4、6-ジメトキシビリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-2-メチル-4-チアゾールスルホンアミド(実施例14)、5-〔[(4、6-ジメトキシピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]アミノスルホニル〕-4-チアゾールカルボン酸メチル(実施例17)、4-〔[(4-メトキシ-6-メチル-1、3-トリアジン-2-イル)アミノカルボニル]アミノスルホニル〕-2-メチル-5-チアゾールカルボン酸エチル(実施例20)、3-クロロ-N-〔(4、6-ジメチルビリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕-4-イソチアゾールスルホソアミド(実施例23)及び4-〔[(4、6-ジメチルピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]アミノスルホニル〕-3-イソチアゾールカルボン酸メチル(実施例26)の合成法及びその融点が記載されている。

ホ) 表Ⅰから表Ⅲまで

イミダゾール系スルホニルウレアが列挙され、一部については融点の測定値が記載されている。

ヘ) 表Ⅳ

ピラゾール-5-スルホニルウレア類が記載されている。その中には5-〔(4、6-ジメトキシピリミジン-2-イル)アミノカルボニル〕スルホニル-1-メチル-[1H]-ピラゾール-4-カルボン酸プロピルェステル(以下先願化合物Pという。)及び対応するメチルェステル(以下先願化合物Mという。)も記載されている。なお、表Ⅳにはm.p.(℃)の欄も設けられているが、表Ⅳの全体を通じて測定値は記載されていない。

ト) 表Ⅴ

ピラゾール-3-イルスルホニルウレア類が記載されている。表Ⅴにはm.p.(℃)の欄も設けられているが、表Ⅴの全体を通じて測定値は記載されていない。なお、表Ⅴb及び表Ⅴcにもピラゾール系スルホニルウレアが記載されているが、構造式の記載に誤記があり、これらの各表の化合物がピラゾール-3-イルスルホニルウレア類であるかどうか判断できないし、また、同定値の記載をまったく欠いている。

チ) 表Ⅵ

ピラゾール-4-イルスルホニルウレア類が記載されている。一部の化合物について融点の測定値が記載されているが、これらの化合物は1-メチル-3-メチル置換又は非置換-5-メチル置換又は非置換-ピラゾール系スルホニルウレアであって、環上にアルコキシカルボニル基を有していない。

リ) 表Ⅶから表Ⅹまで

チアゾール系スルホニルウレアが列挙されている。一部の化合物について融点の測定値が記載されている。

ヌ) 59頁から76頁まで(試験A)

表Aには化合物1から化合物80までについて除草剤効果を試験した結果が記載されているが、そのうちピラゾール系の化合物は化合物16、化合物67から化合物72までであって、その他の化合物はイミダゾール系、チアゾール系及びイソチアゾール系の化合物である。表Aに記載されている前記ピラゾール系の化合物はいずれもピラゾール環上にアルコキシカルボニル基を有せず、さらに、化合物16ではスルホニルチオウレア基がピラゾールの3位に結合し、チオウレアに結合しているもう一方の基は4、6-ジメトキシ-s-トリアジン-2-イル基であり、化合物67から化合物72はいずれもスルホニルウレア基がピラゾールの4位に結合しているものである。

B) 本件米国基礎出願の明細書(甲第3号証)の記載

イ) 上記、A)、イ)からハ)までとほぼ同じ記載があることが認められる。

ロ) 実施例

Example5には1-メチルピラゾール-3-スルホンアミドの合成法及び融点の測定値及び赤外スペクトルのアミノ基吸収帯の位置が、Example6にはN-〔(4、6-ジメトキシ-1、3、5-トリアジン-2-イル)アミノチォキソメチル〕-1-メチル-[1H]-ピラゾール-3-スルホンアミドの合成法並びに融点及びNMR化学シフトの測定値が、さらにExample7にはN-〔(4、6-ジメトキシ-1、3、5-トリアジン-2-イル)アミノチオキソメチル〕-1-(2-プロペニル)-[1H]-ピラゾール-4-スルホンアミドの合成法及び融点の測定値が、それぞれ記載されている。

ハ) TabelⅠからTableⅢまでにはイミダゾール系スルホニルウレアが列挙され、その一部については融点の測定値が記載されている。

ニ) TableⅣ、TableⅤ及びTableⅥには、上記、A)、ヘ)から同チ)までのピラゾール誘導体とほぼ同じ化合物が記載され、また、TableⅣには、先願化合物P及び先願化合物Mが具体的に例示されているが、これらの各Tableで例示されているすべての化合物について、融点、その他の同定資料はいっさい示されていない。

ホ) 87頁から102頁まで

89頁から92頁までに列挙されているCompound1からCompound16までの各種化合物について除草剤活性が試験された結果が記載されている。

Compound1からCompound16までの各種化合物のうち、Compound16を除きいずれもイミダゾール系の化合物であり、しかもイミダゾール環上にはアルコキシカルボニル基を有しない。Compound16は上記、第三、A)、ヌ)の化合物16と同一の化合物である。

〔第四 本件物質発明が先願明細書に記載されているかどうかについて。〕

1 本件物質発明の化合物が先願明細書に開示されている一般式に該当する化合物であることは認められる〔ことに、上記、第三、A)、ハ)を参照。〕。

しかしながら、本件物質発明の化合物の具体的名称及びその同定資料が先願明細書に記載されていないことは、上記、第三、A)に指摘した先願明細書の記載から明らかである。

2 また、先願明細書には先願化合物P及び先願化合物Mの構造式〔これらの化合物については、上記、第三、A)、ヘ)を参照。〕が具体的に示されていることは認められる。

そして、本件物質発明の化合物と先願化合物P及び先願化合物Mとは、単にピラゾール環上の4位の置換基であるアルコキシカルボニル基のアルキル基の炭素数が1だけ大きいか小さいかの相違があるにすぎないことも認められる。

しかしながら、先願明細書には、先願化合物P及び先願化合物Mを実際に合成し、その除草活性を確認したと認めるに足る記載も、本件物質発明の化合物と同様、見あたらない〔上記、第三、Aを参照。〕。

3 さらに、先願明細書には先願化合物P及び先願化合物M以外のピラゾール系化合物(以下ではこれらの化合物をピラヅール系先願化合物という。)についての説明がある〔上記、第三、A、ニ)(実施例8)、ヘ)(ピラゾール-5-イルスルホニルウレア)からチ)まで、及びヌ)を参照。〕から、その内容を検討する。

これらのピラゾール系先願化合物は、先願発明化合物P及び先願発明化合物Mの場合と同様に、実際に合成しまたその除草活性を確認したことが全く認められないか、実際に除草活性が確認されあるいは同定値が記載されていても、先願発明化合物P及び先願発明化合物Mとは化学構造を大きく異にしているかのどちらかである。

すなわち、上記、第三、A、ヌ)の化合物16及び化合物67から化合物72までの化合物並びに上記第三、A、チ)のピラゾール-4-イルスルホニルウレア(表Ⅵaの化合物の一部。なお、これらの一部の化合物について記載されている融点は、第三、Bの米国出願明細書には記載されていない。)は、いずれもスルホニルウレア基又はスルホニルチオウレア基のピラゾール環上の置換位置が先願発明化合物P及び先願発明化合物Mの場合の置換位置(5位)とは異なっており、さらに、ピラゾール環上にアルコキシカルボニル基を有していないことが認められる。さらに、上記、第三、A、ヌ)の化合物16はスルポニルウレアではなく、スルホニルチオウレアである点でも相違している。

そうすると、先願明細書中の上記ピラゾール系先願化合物についての記載に基づいて、先願発明化合物P及び先願発明化合物M、ひいては本件物質発明の化合物についての先願明細書の記載が特に具体的な技術的根拠をもっているものと認めることもできない。

4 以上によれば、先願明細魯の記載が上記第三、Bの米国基礎出願明細書に記載されているかどうかは別としても、先願明細書において、本件物質発明の化合物は、化合物自体としては、二つの複素原子を有し、そのうちの少なくとも一つが窒素原子である複素環を有する非常に多数のスルホニルウレア系化合物の一つとして単に化学構造上想定できるものとして記載されているにすぎず、また、その当然の結果として、本件発明化合物の除草効果も、具体的な根拠を欠き、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものとは認めれない。

5 ところで、多数のスルホニルウレアが除草活性を有していることは従来よく知られているから、そのかぎりでは本件物質発明の化合物もまたなんらかの除草活性を有することがまったく推測できないわけではないことが認められる。

しかしながら、このような推測は、イミダゾール系スルホニルウレア並びに先願化合物P及び先願化合物Mあるいはその他のピラゾール系先願化合物についての先願明細書の上記の一般的な説明に基づいてはじめてできるようななったものではなく、これらの先願明細書中の説明をまつでもなく、当業者であれば誰でも推測できることにすぎない。本件物質発明に関する先願明細書の文言は、単に当業者ならば誰もがするこのような推測を記載したにすぎないものであって、本件物質発明が完成された発明として先願明細書に記載されていることを示すものとはとうてい認められない。

京都大学教授 藤田稔夫 作成の鑑定書と題する甲第8号証の文書の17頁以降には、先願明細書に開示されているイミダゾール系スルホニルウレア及び3-ピラゾールスルホニルチナウレアの例から、本件物質発明の化合物の除草活性が期待されるかのような述べられているが、先願明細魯のこれらの開示例がなければそのような期待が全くできないものでもなく、これらの開示例があることによってそのような期待が確実になったものとも認められない。

6 そうすると、先願明細書における本件物質発明の化合物の説明は、たかだか、当業者であれば誰もがする単なる推測の内容を説明しているにすぎないと認められるから、先願明細書に本件物質発明が記載されているものとはとうてい認められない。

なお、甲第9号証の判決例は、特許法第104条の規定にしたがって生産方法を推定するための前提としての、同条にいう「公然知られた物Jの意味に関するもので、本件物質発明が先願明細書の記載されているかいなかを問題としている本件とは事実を異にするから、本件の審理において参考とすべきものとは認められない。

〔第五 本件方法発明が先願明細書に記載されているかどうかについて。〕

請求人は、

1 QSO2NCO〔以下では、化合物(a)という。〕とHN-A〔以下、化合物(b)という。)とを不活性溶媒中で反応させて上記、第三、A)、イ)に記載されている式(Ⅰ)の化合物〔各式中の各記号は上記、第三、A)、イ)に示してあるとおりである。式(Ⅰ)は、少なくとも形式上、先願発明の化合物を含む。〕を合成する方法が先願明細書に記載されていること、

2 スルホニルウレア又はスルホニルチオウレアのスルホニル基側にペソゼン、フラン、チオフェン及びナフタレンの誘導基を有し、末端アミノ基側にトリアジニル誘導基を有する化合物を合成する方法が米国特許第4127405号明細書(甲第5号証)に記載されていること、

3 化合物(a)の合成原料である1-メチル-5-アミノピラゾール-4-カルボン酸エチルを合成する方法がBull.chem.soc.JAPAN 44(10)、2856-2858(1971)(甲第6号証)に記載されていること、

4 上記Bのピラゾール化合物をジアゾ化して対応するジアゾニウム塩を合成する方法がArtzneim.-Forsch./Drug Res.27(Ⅰ)Nr.4(1977)、758-760(甲第7号証)に記載されていることまた、

5 上記1から3までの記載について、甲第8号証の文書の1頁から16頁までに記載されている意見

によって、上記本件方法発明が先願明細書に記載されていることを主張している。

しかしながら、この主張並びに上記各刊行物及び文書の内容は、本件物質発明の化合物を製造することを前提として、その製造手段について主張し、示唆しているにすぎないのところ、本件物質発明自体が上記、第四に述べたように先願明細書には記載されているものとは認められないのであるから、先願明細書には本件方法発明が記載されていることにはならない。

以上、上記第四及び第五に述べた理由によって、本件特許は特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものとは認められない。

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